スタッフのブログ

2019/3/29 スタッフM

先日、鶴岡市民劇場の第277回例会で人形劇団プークの人形劇がありました。その人形劇の一つ「うかうか三十ちょろちょろ四十」は山形県出身の井上ひさしさんの作で、彼が24歳の時に書いた作品です。大人も楽しめる人形劇ということでしたが、内容はなんとも辛口でした。。ネタばれになるので内容は割愛しますが、彼の若き日の人生観が何か垣間見えた気がして、観終わった後に何とも言えない気持ちになりました。
演劇ってバラエティーや、エンターテイメントと一概に言えず観終わった後にモヤモヤが残るものも多くありますね。ハッピーエンドにスカッと爽快で良かった良かったと帰り途につけるだけではなくて、帰りながら「何だろうこのモヤモヤは」と引きずって、そのあと脚本家が気になって調べたりしたら何となく「そういうことだったのか。。」と分かったりします。ちょっとだけ内容に触れると、物語の中で聖書に書かれているようなシュチュエーションが出てきます。それは井上ひさしさんが幼い時に、カトリック系の孤児院に預けられた影響かもしれません。しかし彼は聖書の内容に真っ向から疑問を投げかけます。神の御技を真似た主人公は好きになった人の人生を奪い、その後死ぬまでその罪を背負って生きることになります。どうですか?読んだだけだとゾッとしませんか。これがきっとハッピーエンドならきっと誰も疑わず、その時は面白かったと思ってすぐ忘れるでしょうが、そうはさせてくれないのが演劇かもしれません。多くの観客が入り、お金儲けのためだったら観客にゴマをすり、体の良いものを作れば良いんでしょうけど、それでは観客は何も考えず、そして考えられない人になってしまうのではないかなと。「たそがれ清兵衛」では、幼い娘が父に何で本を読むのか尋ねた時「本をいっぱい読めば自分で考えることができる」と言ってました。テレビばかりでは物事をあまり深く考えることができなくなってしまうんではないか。きっと現代をより良くしていくには、商業主義に毒されていないものごとに僕らはもっと触れていかなければならないのではないか。。と考えさせられました。

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

2019/2/27 スタッフM

鶴岡市民劇場さんのご紹介をします。

鶴岡市民劇場さんは、50年以上の歴史を持つ市民の団体です。

もともとは「自分達のまちのホールで演劇が観たい」という想いを持った人達が集まってつくられた団体です。

ですので観たい演劇やイベントなどは全部自分たちで、企画し準備します。

入会すると、どこかのサークル(小グループ)を紹介してもらい会員になり参加するか、もしくは他に最低2人の入会したい人がいれば、3人で新しいサークルをつくり会員になれます。

そのサークルで集まって、観た演劇の話に華を咲かせたり、何を観たいか決めたりします。

一人で楽しむのもいいかもしれませんが、他の仲間と一緒に楽しんだ方が面白さが何倍にもなるのかもしれませんね。

小中学生は親と同伴で無料、高校生は入会金(1000円)のみで会員になれます。

事務所に行けば過去に行った演劇の台本や、東京でやっている演劇のチラシもあり見ることができます。

詳しくは事務所のスタッフさんが詳しく教えてくれますので、お気軽にお問い合わせ下さい。

鶴岡市民劇場 鶴岡市本町2丁目13-37 ☎ 0235-24-6560 

市民劇場パンフ-1.jpeg

 市民劇場パンフ1-1.jpeg

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------------

2019/1/29 スタッフM

 

先週の26日に「影絵と紙芝居の駄菓子ライブ」がありました。千葉から来たホケキョ影絵芝居劇団さんも慣れない雪道でスタックしたそうですが、地元の人達から助けられて脱出できたそうです。そんなホケキョ影絵芝居の鷹巣さん、到着すると早速舞台のセッティングにかかりました。

 

P1010394.JPG 

 

今回は駄菓子とドリンクバーということで準備もばっちり。

 

2019-01-26_141901.jpg 

 

前半は東北紙芝居ネットワークのもっけさんの紙芝居。駄菓子をもぐもぐしながら、じっと紙芝居を観ていました。

 

 2019-01-26_150720.jpg

 

そしていよいよ、ホケキョ影絵芝居劇団さんの影絵の始まりです。

 

 2019-01-26_160606.jpg

 

こどもたちもホケキョのおじさんの世界にはまり、わらったりおどろいてみたり。

 

2019-01-26_161703.jpg 

 

2019-01-26_155542.jpg

 

こどもたちが「きれいだな」「おもしろいな」と思えることがあることが豊かな社会なのかなと思いました。またいつかきっとホケキョ影絵芝居劇団さんは来てくれることでしょう。つるおかシアターコミッションでは「こどもシアター2nd」の企画もしています。お楽しみに!

 

------------------------------------------------------------------------------------

2019/1/20

先日18日に鶴岡市で「本のチカラ委員会文化講演」があり、椎名誠さんが来鶴しました。

当団体は受付や会場設置を行い、講演会も多くの方が来てくださり無事に開催できました。

それにしても椎名誠さんはやはりすごいですね。

全国から多くの方が講演を聞きに来て下さったようです。

P1010359.JPG

講演後のサイン会でも行列ができました。

P1010383.JPG

僕も椎名誠さんみたいに、かっこよく歳をとりたいものです。

-------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

2019/1/17 スタッフM

思えば影絵芝居なんて生まれてこのかた観たことが無い。

26日に来るホケキョ影絵芝居劇団さんはインドネシアに行って、伝統の影絵芝居(ワヤン・クリ)を勉強してきたらしい。

影絵も楽しみだけど、生の人形達も美しいらしい。

いい機会だから生の人形もみせてもらおう。人形写真.jpg

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------

2019/1/4 スタッフM

新年明けましておめでとうございます。皆様にとって今年も良い年でありますように!

さて、去年に速報させて頂いた影絵芝居のチラシが完成しました!

ホケキョ影絵芝居.png

今月の26日15時より、まちづくりスタジオ鶴岡Dadaで開催です。

2ステージで大人と子供のペア券が、お菓子とドリンクバー付きで千円、子供のみ五百円、四歳以下のお子様は無料と、かなりお得になっております!

チケットの販売は1月7日(月)より、会場のまちづくりスタジオ鶴岡Dada窓口、またはパスマーケットでお求めいただくか

またはメールturuoka-tc@gmail.comに「お名前、人数(大人○名、子供○名)、連絡先」を明記の上、お送りください。

 

サンプル動画 → 「けらら姫と大食い象のガジャ」 https://youtu.be/D_6sbzTDCcw

            「金魚地蔵」 https://youtu.be/VODJWGnczfI

 

今年もどうぞ宜しくお願い致します!

-------------------------------------------------------------------------------------------

2018/12/29 スタッフM

「つるおかシアターコミッション」は今年の6月に市民の有志で立ち上がりました。ほぼメンバー全員が他に仕事を持ちながらボランティアで活動しています。そしてほぼ全員がイベントの運営や当日の会場準備など素人でした。しかしながら、この半年で「寄席」や「津軽三味線とタブラ」など様々な公演に携わり、少しずつ成長しているような気がします。企画したイベントも今のところ大きな失敗もなく、無事に楽しく開催することもできました。しかし何よりも大きいことは、こういったイベントで色んな人と出会い、そしてつながることができたことかと思います。代表のNさんも、やり手のNさんも、細かい所まで気がつくWさんも、アマチュア落語家のWくん、Kくん、Yくんも、おしゃべり好きのMさんも、このような活動に参加していなければ出会うことも無かったでしょうし、公演後にプロの噺家さんや講談師さん、演奏者さん達と上手い酒や料理を堪能しながら、地元の人達とはしないような話などすることもなかったでしょう。今の時代はレンタル屋さんからDVDを借りて、家で宅飲みしながら一人で楽しむという人も多くなっているかもしれません。かくいう僕もそうです。しかしながら、たまに非現実から現実の世界に出てくるように、実際に町に出て色んな人と出会い、間近で自分の知らない世界を体験するというのは、自分の人生にとって大きな財産になったような気がします。たしかに面倒くさいことや、トラブルもあるかもしれませんが(フォローすれば今のところそんなことはありませんが)それ以上に、音楽や芸能を通じて自分たちが住む町を賑やかにし、そして少しずつかもしれまんが、さらに良い企画へ着実にステップアップしているとう気がして、なぜか分からない「なんかそのうちすごいことするのでは」というドキドキワクワクがあるのです。いつかまちぐるみのフェスをしてみたい!いつか超有名アーティストを呼びたい!。。そんな無謀にも、一度の人生面白いことをやってみたいと密かに願ったりしていますが、まぁあんまり気張らず、なるように、来年も無理せず楽しみながらやっていきたいと思います。

今年一年関わっていただいた皆様、本当に有難うございました。そしてまた来年以降、どうぞ宜しくお願い致します。それでは良いお年を!

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

2018/12/3 スタッフN

 

ニワカとヒラキ

江戸から明治の中頃まで賑わった大道芸の仮設小屋を、大阪以西は俄とか仁輪加と呼ぶことが多く、江戸、東京ではヒラキ(または開き)と呼んでいたようだ。

江戸時代、神社仏閣の境内など行われていた芸能は「法楽」とよび、空き地や河原、火除け地(現在の避難公園)などで、演台をしつらえ、野天か仮設のよしず張りの小屋でやる芸能を「興行」と区分し、届け出る奉行も寺社奉行や町奉行、普請奉行など、目的に応じて変えていた。現代で言えば、観光課と市民課と建築課みたいなものだ。

...

ヒラキはそのどちらでも行われた小劇場で、法楽としての演し物と興行としての演し物は違い、小屋主さんが番組を作る、プロデューサーの役目をしていた。

今書いている、「小説.深川仲町芸人横丁」には、両国広小路や浅草寺、神田筋違見附、銀座采女が原、上野山下、下谷佐竹が原、薩摩っ原、秋葉原などのヒラキで演ずる芸人達を登場させている。そして、その元締めも。

薩摩っ原は、薩摩屋敷があった近くで、幕末には、薩摩藩士とともに、薩摩琵琶の語りも一緒に江戸にやってきて、薩摩琵琶を流行らせたそうだ。津軽三味線みたいなものかもしれない。

さて、紙芝居のルーツの写し絵を得意とした新さん、そして、その写し絵を立ち絵に変えて大道芸としての見せ物にアレンジして、絵の版元として、大道芸人達に貸し出した、ヒラキの親分、丸山善太郎らを小説には登場させようとしている。

横丁の住人の中には、浪曲の前身である浪花節語りや講談の走りの辻講釈などがいる。上方から逃げるようにやってきた万年前座の新さんも、ヒラキの芸人達との心温まる交流があったという筋書きになる。

しかし、このヒラキで演ずる芸は、自由民権運動とともに、次第に反権力を題材にするものが増え、明治政府は取り締まりに動く。

ヒラキはやがて大道ではなく、政府の許可を得た場所に変わり、浪花節は浪曲に、辻講釈は講談、そして素噺は落語へと、常設の専門小屋、すなわち寄席や講釈場に移り、その他は、見世物扱いとされてきた。

実は、我が山形の羽黒山伏の中にも、江戸のヒラキで法螺貝を鳴らしながら、祭文を語った者がいて、後に、羽黒祭文と呼ばれ、大道芸になったものもある。

今、羽黒祭文を語れる芸人はいなくなったので、紙芝居師もっけが再現してみたいが、なかなか資料が残っていない。最近どうも、私の書き物は、かの小沢昭一先生のようになってきた。よって、この続きは
明日のココロだぁ〜。

 

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

2018/12/12 スタッフM

先日9日に山王町の江鶴亭で行われました「鶴岡まちなか大黒寄席」無事終了いたしました!東京から来ていただきました、落語家の三遊亭金朝さん、講談師の神田山緑さん、スタッフの皆様!ありがとうございました。

P1000170.JPG

 この前日に初雪で大雪に見舞われて、あっという間の雪化粧の江鶴亭

P1000285(1).JPG

落語家の三遊亭金朝さん

P1000312(1).JPG

講談師の神田山緑さん

P1000325(1).JPG

大黒舞いもありました。

P1000335.JPG

スタッフのみなさんと一緒に記念撮影。

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

2018/12/8 スタッフN

 明日、山王町江鶴亭で行われる、鶴岡まちなか大黒寄席〜講談と落語の二人会〜では、参加者に大黒様の縁起菓子と新酒の振る舞い酒をお付けしましょう。大黒様は太っ腹だから。

でごづげ(大根漬け)はうるち米の米煎りに黒砂糖と水飴で成形し、きな粉をまぶした菓子。

最近、和菓子をつまみにして地酒を嗜む人が増えてきました。よっ、そこのきれいなお姐さん、大黒様のお歳夜は、大黒カフェで、でごづげと新酒を楽しみませんか?

ただし、落語で長屋の花見はやらないよ!

12月9日、鶴岡山王町江鶴亭、鶴岡まちなか大黒寄席、前売り券の当日受付渡しの予約を承っています。09086177167中村まで。FBのメッセージでもOK。阿部久書店でもチケット取り扱っています。

 

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 2018/12/6 スタッフN

御伽衆

12月9日、鶴岡山王町江鶴亭で、鶴岡では初めての講談と落語の二人会を開くが、講談と落語の源流とも言われるのが、御伽衆達の辻噺、つまりおとぎ話だ。

戦国時代、織田信長が側に置いたのが、野間藤六という御伽衆で、藤六が信長に聴かせて大笑いさせたのが、「小豆がこわい」という噺で、これが落語の「まんじゅう怖い」になっている。

...

また、土屋検校は盲人だが、話術を活かして信玄、信長、北条氏政ら複数の戦国大名に仕えていた。最も多く御伽衆を召し抱えたのは豊臣秀吉だったと言われる。

御伽衆は、笑い話を聞かせるだけでなく、武芸の話や政談など、豊富な体験や博学、多識と巧みな話術が要求されたため、昔のことをよく知っている年老いた浪人が起用されることが多かった。

細井平洲は江戸で辻話していたところを上杉鷹山に見出され、米沢藩に招かれ、鷹山の参謀になっている。

江戸時代になり、これまでの御伽衆の笑話や講釈が一冊の書物となり、これが講談や落語の源流になったとも言われる。

講談と落語は親戚同士。大黒様お歳夜まつりで行われる、講談神田山緑と落語三遊亭金朝の二人会が楽しみだ。

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

2018/12/4 スタッフN

 徂徠WHO③徂徠豆腐

12月9日 山王町江鶴亭で行われる、落語と講談の二人会で、演目にぜひ加えていただきたいとお願いしたのは、「徂徠豆腐」という古典の名作で、徂徠没後290年という年にあたることもあるが、師走といえば赤穂浪士が似合うということも理由にある。

落語、講談、浪曲の、日本の伝統話芸のいずれにもある作品が「徂徠豆腐」で、ストーリーはすべて同じだが、それぞれに違いがある。...
紙芝居にもあるから、日本の四大話芸に全部ある。

よく言われるのが、講談は「読む」、落語は「話す」、浪曲は「語る」の違いだと。ついでに、紙芝居は「語って、見せる」か?

講談は、落語のようにドジな話を肩の力を抜いて聞くという雰囲気でもなく、オチもないが、ストーリーが心に沁み入る感じがあり、作家の風景描写が脳裏に浮かぶ感じがする。浪曲はまさにメロディ付きで語られるので、講談とはやや違い、スーッと耳に入っていく感じがある。

さて、荻生徂徠は若い頃、芝に学問所を開くが、弟子はなかなか集まらない。最初のうちは身の回りの物を売って生計を立てるが、まもなく売る物も無くなりいよいよ生活が成り立たなくなってくる。

11月の中頃、外で「とーふ、とーふ」と、豆腐売りが通りかかる。ここ三日間、徂徠は金が無く、空腹で倒れる寸前で、通りかかった豆腐屋の冷奴を1丁買い求め、醤油を少しかけあっと言う間に食べてしまう。

豆腐屋は上総屋七兵衛といい、徂徠は代金の四文を、細かい金がないからと支払いは次回にしてもらった。

その後、繰り返し、繰り返し、細かい金がないからと支払いは先延ばしにしてしまう。七兵衛は釣銭を準備してきたといっても、徂徠は「細かい金がないなら大きい金もない」と打ち明ける。

ならば晦日にまとめてと七兵衛はいうがそれも当てがないと答える。聴けば豆腐1丁で1日を過ごしていると言う。徂徠の家には沢山の書物があるが、本は自分の魂だがら決して売らないとの言葉に七兵衛は感心する。

七兵衛の支援はその後も続くが、元禄15年12月14日、本所松坂町の吉良邸に赤穂浪士が討ち入りをし、翌日江戸の町は大騒ぎになる。その最中のこと、隣家が火事になり・・・

この後の話は、やはり、神田山緑の「読み」で楽しんで貰いたい。

鶴岡では初めての、講談と落語の二人会をお楽しみに。前売り券の予約受付中。メッセージでもOKです。
次回は、落語「黄金の大黒」を解説したい。

今日は、燃やさないピンクのゴミ袋と黄色いペットボトルのゴミの日だ。さっ、起きよう!

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------------

2018/12/1  スタッフN

徂徠WHO②
さて、致道館はどうして、当時「異学」とされた徂徠学を採用したのでしょう?

寛政2年、幕府は林大学頭に対し、「寛政異学の禁」を令しますが、これは朱子学を正学と定め、朱子学によって幕臣の教育と民衆の教化を行うことを明らかにした点で、諸藩に大きな影響を与えました。現代で言えば、文科省による教育指導要領みたいなものになります。

...

庄内藩酒井家は、徳川家と兄弟家になるという譜代大名なのに、なぜ異学とされた徂徠学を採用したのかといえば、朱子学と徂徠学との違いからで、朱子学というのは、これも現代風に言えば、「急激な幕府の近代化に歯止めをかける保守派の論理」で、徂徠学はその反対の、革新的な教えだったのです。

当時の庄内藩にとって、必要だった学説は、農政改革をはじめ、藩政の改革とか近代化だったので、自然と徂徠学に傾倒していったのです。

徂徠学は個性を尊重する立場に対して、朱子学は組織体制を重んじる考え方なので、これまた個人と組織の価値観の違いなので、幕府としては、組織維持のために、正学とし、それ以外の教えは異学とせざるを得なかったのです。

それと、林大学と徂徠は、上司と部下の関係なのに、部下の徂徠が上司の考えに背くような学説を述べることには許せなかったということも関係していました。

ところが、赤穂浪士事件での幕府の沙汰を決める時に、林大学は、当時庶民の間に高まっていた、赤穂浪士無罪論を主張したのに、徂徠は、赤穂浪士をヒーローに仕立てては組織が保ちません。個人の義を尊重しながらも、組織としては、社会の秩序を守るべきですと、全員切腹論を述べたのです。上司の林大学に対して徂徠は、大衆迎合主義はよくありませんと意見したことから、上司のメンツは丸つぶれだったのです。

徂徠学を異学としたのは、正に、林と徂徠の私闘が原因だったのですが、しかし、異学禁止としただけで、キリスト教の禁教のような厳しい措置ではなかったのは、酒井家が譜代大名だったからです。

次回は、いよいよ、徂徠の若い頃の豆腐屋の主人との友情について語りましょう。

鶴岡まちなか大黒寄席は、12月9日、江鶴亭です。

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

2018/11/23  スタッフM

先日19日「津軽三味線+タブラ」ライブ盛況に終わりました。何かとトラブルもありましたが無事に終えることができました。みなさまありがとうございました!

↓津軽三味線の佐藤通芳さん

スクリーンショット 2018-11-24 9.31.16.png

↓タブラの吉見征樹さん

スクリーンショット 2018-11-24 9.32.07.png

 

↓スタッフMの琵琶

スクリーンショット 2018-11-24 9.33.54.png

2018/11/13  スタッフN

徂徠WHO①
荘内藩の藩校致道館ゆかりの荻生徂徠が亡くなってから今年で290年。
また、師走と言えば、赤穂浪士事件。赤穂浪士事件と言えば、荻生徂徠というくらい、有名なお話。

12月9日、大黒様のお歳夜まつりで賑わう鶴岡のまちなかで、第三回目となる「鶴岡まちなか寄席」を行うが、今回は講談の名作「徂徠豆腐」と古典落語の名作「黄金の大黒(きんのだいこく)」の競演だ。

...

演じますは、講談界期待の真打ち神田山緑と古典落語の若手真打ち三遊亭金朝。鶴岡では初めての本格的な講談と落語の二人会となる。寄席ファン必聴の企画になる。

このページでは、シリーズで、「徂徠豆腐」と「黄金の大黒」を解説していきたい。
第一回は、致道館と徂徠の関係について。

資料によれば、徂徠学は古文辞学(こぶんじがく)ともいわれ、古い辞句や文章を直接続むことによって、後世の註釈にとらわれずに孔子の教えを直接研究しようとする学問になる。

庄内藩における徂徠学の元祖は水野元朗(みずのげんろう)と疋田進修の二人の藩士で、元朗は、庄内藩学の基礎をつくったともいわれている。

やがて、藩の多くの儒者が江戸在職中に徂徠の門に学んだことから、この学風が広く藩内に普及した。

また、後に初代祭酒(校長)に任命される白井矢太夫が、徂徠学で培った抜群の見識をもって寛政の藩政改革に大きな功績を挙げたことから、藩主忠徳は矢太夫を深く信頼するとともに、徂徠学が実際に藩の政治に役立つ学問であることを高く評価したと言われる。

このように、徂徠学を学んだ人材が藩の指導的な立場にあったことから徂徠学を藩学とした要因であるといわれているが、当時、異学と言われた徂徠学がどうして荘内藩で受け入れられたのかは、次回に委ねたい。

鶴岡まちなか大黒寄席は12月9日、大黒様のお歳夜まつりで賑わう、江鶴亭で昼と夕方、二回行われる。当日は、まちなかを大黒舞の行列も通過する。あー、こりゃ、めでたい、めでたい〜

 

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

2018/11/04  スタッフM

本日は午前午後と独演会やって、夕方からは知人が主催するbimbombam楽団のライブに行って来ました。11/19の津軽三味線とタブラのチラシを配ってきました。「あーこれか」と言っていた方がいたのであちこちの広告宣伝も効いてるようです。19日は僕も津軽三味線とタブラとの競演しますが、一体どうなることやら。。もうひと頑張りです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー2018/11/03  スタッフM

先日ある新聞に「地方創生のリアル」といったタイトルの衝撃的な記事が載っていました。概ねの内容は「地域活性化に資する事業では、例え大きな成果をあげたとしても普通なら成功者に続けとなるはずが、特に地方では賛否両論となり、困難な事業に挑戦するものを育てるという話にはなりにくい」といった内容でした。さて我が故郷庄内はどうだろうと考えてみると、最近はベンチャー企業や、新しい試みを行う若者等の活躍は目覚しく、また昔と違い市民はそれを支える土地柄になってきている気がします。蜘蛛の糸と繊維、水母とジャズ、出羽三山とオーケストラ等、最近特に目にするのは、一足す一が十にも百にもなるコラボレーション的なものが、従来のものには無い新しい価値を生み、市場や地方の活性化の一助となっているようです。先日、私はある活動の某テレビ局の取材で「なぜこのような活動を始めたのか?」と聞かれた時「ここにはまだまだ歴史や文化の宝が多く埋もれているから」と答えました。時が移り変わり、今ではそれ単体では見落としてしまいそうな先人達が残してくれた多くの貴重な事柄が、まだまだ多く庄内には残っているような気がします。それらが陽の目を浴びるようにするには、ひょっとしたら今時の工夫を足す必要があるのかもしれませんが、それはそれで簡単な事では無く、まるで化学の実験のように中には爆発して失敗する事もあるでしょうが、中には今まで見たことも無い素晴らしい事が起こり得るかもしれません。私も琵琶という古くから伝わる芸能をやっていますが、やはり次の世代に残していくには新しい試みが必要と感じ、演劇や現代音楽とのコラボレーションをやったり、また十一月には、まちづくりスタジオ鶴岡Dadaで津軽三味線とインドの楽器タブラとの共演も試みる事になりました。どうやらネットで調べても前代未聞の事であり、どういった化学反応が起こるか分かりませんが「故きを温ねて新しきを知る」の精神で、これからも挑戦していきたいと思います。

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

2018/11/02  スタッフN

仁輪加。にわか。
近世、江戸時代の庄内は芸能、興行のメッカで、上方などから北前船に乗って、俄(にわか)を演ずる旅芸人や歌舞伎役者、相撲取りなどが多く訪れている。

庄内は東北での芸能興行の始まりの地で、最初に鶴岡や酒田で興行を打った後に、山形や仙台、秋田などに巡業したと言われている。

...

パトロンやスポンサーを持たない芸能は興行と呼び、寺社仏閣で公演するのは法楽と呼んでいたが、法楽では寺や神社からのもてなしもあった。つまり、アゴアシ付きのコンサートツアーが法楽で、おひねり、投げ銭が頼りの公演は興行と呼ばれるものだった。

庄内では出羽三山や善宝寺などを中心にした法楽が多く、芸人達の間では、いつかまた、寺社仏閣の関係者の目に留まろうと、俄芸人も多く集まってきたという。つまり、庄内で公演出来るとそれを看板によその土地の法楽、つまりアゴアシ付きの公演の売り込みも可能になってくる。

俄は、この間のNHK朝の連ドラ、「わろうてんか」にも登場した屋台掛けでの演芸で、喜劇や曲芸、力試し、物真似などがあったが、鶴岡の湯田川の歴史をみると、俄踊りという名の芸もあったようだ。

関西や九州では、俄と呼ぶことが多いが、関東あたりでは、茶番と呼んでいた。茶番劇の由来で、
法楽や芝居小屋で、お茶番、お茶出しをやっていた下っ端芸人が演ずる劇のことだが、茶番狂言というのがあって、狂言、歌舞伎もまた、庄内では多く演じられた。

庄内は古くから、俄芸人や茶番芸人が、明日のスターを目指して、デビューする土地だったのだ。
地元民もまた、そんな芸人達を応援していたのが庄内の熱き民情というもので、この間、旗揚げした、つるおかシアターコミッションも、そんな芸人達、表現者を支援していきたいものだ。

さて、その俄、漢字では、仁輪加とか二和加とも書くらしい。いずれも輪や和に加わると書く。仁という漢字にもある、二という字は人と人との横のつながりを意味するという。つまり、人と人とのつながりで出来た輪や和に加わることが、にわかの本当の意味になるようだ。

つるおかシアターコミッションがこれから発行する、季刊情報冊子の題字も、「にわか」としたい。つるおかシアターマップを中心としたこの雑誌を通じて、まちなかに人と人とのつながりによる輪と和を作り、そこに多く人が加わることを考えていきたい。

つるおかシアターコミッションでは、そんな冊子を作ることが好きな人達からも加わって欲しいと考えている。

お問い合わせは、ホームページの問い合わせフォームからお願いしたい。